日本聖公会聖歌集 234番「天使のみ告げをおののき受ける」
クリスマス(イエスの誕生日)=12月25日なら、逆算すると3月25日が母マリアが妊娠したことになります(西洋では妊娠期間が9ヶ月と数えられます=日本式では1ヶ月、アメリカ式では0ヶ月)
だから、「聖マリアへのみ告げの日」が明後日に当たる。聖歌はその祝日のものです。[聖歌234番の1を歌う]
ご存知の方が多いと思いますが、このストーリーを簡単にご紹介をしたい:
時が満ちて、神さまは、ガリラヤのナザレという町の、マリアという名の少女のところに、天使ガブリエルを、送られました...天使は、マリアの家に入ってきて、言いました。「おめでとう、神の恵みに満ちたマリアよ、主は、あなたと共におられます。」+ + +
この言葉を聞いて、マリアは驚きました。天使は言いました。「恐れることはありません。あなたは男の子を産むでしょう。その子をイエスと名付けなさい。その子は王となり、永遠に、人々を治めることになるでしょう。」
マリアは答えました。「でも、どうしてそんなことが起こるでしょうか。わたしは結婚していないのに。」
天使は言いました。「聖霊が、あなたの上に降りて、神さまの力が、あなたを包みます。だから、あなたの子は神のみ子と呼ばれるのです。」
そこで、マリアは言いました。「わたしは、信じて、神さまに任せます。あなたが言われたとおりに、なりますように。」(『こころのおくりもの~聖書ものがたり』ドン・ボスコ社96ページ)
キリスト教のスタートに辿り着きますと、このマリアの話があるというのは、非常に大きな意味を持つと思います。マリアは、わたしたち人間の模範だと思っているのです。
神はマリアに「救い主になってくれ」とは頼まれなかった。スーパーマンのような力持ちになるとか、誰にも勝る知恵を身につけるとか、カリスマ性のリーダーになるとか、そういうことをしてくれとは仰らなかったのです。「母親になってちょうだい」と頼まれただけです。
マリアさんにできることでした。その後どうなるか、分からない。不安でいっぱい。シングルマザーを受け入れる社会では決してない。だから聖歌の「み告げをおののき受ける」となっています。
でも、「神さまに任せます」、とマリアが言いました。神に任せるなら、きっと大丈夫だ、ということです。
マリアは、神の呼び掛けにただ応えただけです。わたしたちも、一人一人に与えられた使命があります。「天職」と言えば、何かの職務が浮かび上がるけれども、それだけではない。英語のcallingの方がふさわしい。「呼び掛け」。病院の外来と同じように人によって呼びかけの内容が違います。ただ自分なりにその呼び掛けに応えればいい。職場でも、家でも、学校でも、近所でも、神の呼び掛けに応え続けるように求められているのだ、とわたしは思います。
でも応えていくと結果は、不安で、険しい道のりのかなたに、やはり喜びがあるのです:「み母の喜びわれらは歌う」
喜びがあると言ってもつらいことはないというわけではありません。自分の子どもの苦しみに立ち会わないとならなかったマリアの悲しみもありました。が、神は最後まで見守る方だ、という素直な信仰をマリアがわたしたちにも教えてくださると思います。